今回は、Webの成長期に入る企業の事例として、劇団四季インターネット担当の植田義人氏にインタビューをお届けする。植田氏の外部ベンダーと連携しながら業務を進めるワークスタイルは、読者にもきっと役に立つはずだ。
劇団四季は、83年にチケットぴあのオンラインシステムをいち早く導入。また2000年にWebサイト開設と同時にネットでチケットの予約ができるシステムを導入し、興行界の中では早くからITの導入に積極的だった。そして、Webサイト10周年となる2010年を機に、「ウェブプラン2010」と銘打って、大規模なシステム投資を行った。現在、その投資は徐々に成果を見せ始め、社内でも重要性が増してきているところだ。
今回のインタビューのポイントは次のとおり。読者と業種や規模は違っても、非常に示唆に富む内容だ。
- Webシステムの最終目標は?
- 顧客にとって使いやすいWebとは?
- 経営者へプレゼンを通すコツ
- 外部パートナーに最大のパフォーマンスを出してもらうコツ
- 社内調整のポイント
「劇団四季ウェブプラン2010」の立ち上げ
―― Web事業の成長期に、いかに経営者の理解を取り付けたか
高松建太郎(以下、高松): まずは、ウェブプラン2010について教えてください。
植田義人氏(以下、植田。敬称略): 2000年に大規模なインターネット予約システムを導入後、年を追うごとにネットからのチケット予約件数が増えてきました。当時、このシステムは単純に予約を受け付けるというツールでしかありませんでした。演目など“コンテンツ”を見せるWebと、“予約する”と言う基幹システムは別々のシステムとして稼働していました。
今なら当然のことかもしれませんが、2000年当時は、コンテンツとシステムを融合すると言う発想は一般的でなかったと思います。他の業界を見ても参考になるようなものはあまりなかったと思います。
そこで、今の時代に即した、もっとコンテンツと予約を密接につなげ、入場までサポートすることまで目指したチケッティングシステムの改革を「ウェブプラン2010」のコンセプトにしました。
高松: コンセプトを伺っただけでも大規模な投資に思えますが、経営層の理解はどうやって取り付けていったのでしょうか?
植田: 2000年にシステムを導入してから、基幹システムに機能追加や大規模な改修などはしていませんでしたし、先ほどお話したように、コンテンツであるWebと基幹システムは別物だったので、今の時代に即したようなWebサービスをファンの方々に提供するということもできませんでした。
そんなとき、代表の浅利から「Webをもっと面白いものに改革しよう」と指示を受けたのです。
実は、私自身が日頃から、Webに掲載するテキストや画像を増やしコンテンツを充実させるだけでなく、その先につながる、お客様にとって魅力的な“何か”を追求すべきだろう、という想いがありました。弊社のWebサイトにとって、「お客様にチケットを買っていただくこと」が最終目標です。そこで「チケットを買いやすい」というのがお客様にとって魅力的なWebサイトだろうと着想したのです。当時、私はシステム部門を担当していたこともあり、「チケッティングシステムとコンテンツを融合して、お客様がより使いやすくしよう」と決めました。
高松: 重要なポイントですね。Webサイトのコンテンツをどんなにリッチにしても、それが売り上げにどれぐらいつながったかわからないと、経営者は投資できないですからね。その点、チケットが買いやすい「システムとコンテンツの融合」であれば、より明確に数値としてROIが見えてきます。経営者と数値で「ものさし」を共有できますね。
そこからはどうやって経営者へプレゼンするまでに至ったのでしょうか?
植田: お付き合いをしているシステムベンダーやWebコンサルティング会社へ相談しながら情報を収集していきました。直属の上司である取締役も非常に理解を示してくれたので、その上司と膝詰めで計画を練りました。
おっしゃるとおり、経営者に対しては、Webやシステムことなどは細かくは説明しても始まりません。なので、現場からいかに理解してもらいやすいプレゼンができるかは、非常に重要です。
また、経営層へのプレゼンに重要な点が2つあると思います。「経営者との信頼関係」と「キーワード」です。
まず、「経営者との信頼関係」というのは、それがあれば細かなディテールは任せてもらえるからです。この段階のプレゼンで、余りにも細かいところまで詰めたプランは、進化の速いWebに即応できませんし、ギスギスしたものになりがちです。まずは信頼関係が大事です。
2つ目の「キーワード」とは、今回を例に上げると「Web時代に対応したチケッティングシステム」というキーワードでした。その目標を達成するために各種機能が必要です、と説明をしました。そうすると経営者は、「細かいことはわからないが、新しい時代に対応できるチケッティングシステムだ」と理解してもらえました。数値という「ものさし」は当然必要ですが、「キーワード」という「ものさし」も共有できると納得してもらいやすいというのが実感ですね。
高松: 経営者との信頼関係を作るのに、何か心がけたことはありますか?
植田: 弊社のオフィスには「指示にはアンサー」という標語が貼られています。浅利から今日質問されたことは、どんなことでも当日中に返答するルールがあります。私自身、求められた指示に的確に答えていくということには徹底しようと心がけています。なかなか難しいんですが……。
高松: 「指示にはアンサー」、良いですね。
決して御社だけの特別なことではなく、本来そうあるべきですよね。経営者とコミュニケーションを取ることから逃げる担当者も少なくないと思います。経営者というものは、概してセッカチなのものです。コミュニケーションを避けるような担当者にビッグプロジェクトを任せることはないでしょうね。
植田: Web担当は、一般的に企業の中では比較的新しいセクションだと思います。だからこそ、自社の企業風土を乱すようなことはしてはいけないと思います。たとえば、劇団四季は朝型の企業で、朝に重要なビジネス案件が決裁されることが多いです。一般的にWeb制作は夜型になりがちですが、私自身は四季の風土に合わせて朝型で挑んでいます。Web担当というセクションだから「まぁイイや」ではなく、押さえるべきポイントは押さえることが信頼関係を作るのに重要だと思います。
高松: Web業界では“朝が遅い”というところもありますからね。
高松: 今回のプロジェクトに取り組むにあたって、プレッシャーみたいなものはありましたか?
植田: あまり感じませんでしたね。Webとは別ですが、劇場関係の業務で大規模なプロジェクトを経験したこともありましたし、営業企画部時代に予測不能(笑)な案件も多々ありましたから。
ただ、プロジェクトがスタートしてから、業務量が一気に増えたので「このままでは、1人で対応しきれないな」と思いましたね。そのときはすぐに外部のパートナーにいろいろお願いをするようにしました。
高松: どんなことを依頼したんですか?
植田: たとえば、外部パートナーの方にシステムベンダーとの打ち合わせに参加してもらって、内容を整理してもらったり、課題が出てくれば解決策を提案してもらったりですね。
高松: 現場でたまに見かけるケースですが、キッチリしているSIerの担当者だと「しっかりした要件定義書を出してもらえないと対応できません」と言う方もいます。それはそれでこの担当者はちゃんと仕事をしていると思いますが、実際、クライアントの担当者からすれば、そこで手詰まりになることも多いですよね。業務量が限界を超えているうえに、自分ではわからないから相談しているのに、エンジニアから“一刀両断”されてしまう。
そこで手詰まりになってクライアント担当者が止まってしまうと、外部パートナーの仕事はすべて止まってしまいます。クライアント担当者が動けるようにしてあげるのも、制作会社やSIerの担当者の仕事ですよね。
植田: そうですね。弊社の場合、「チケッティングシステムとコンテンツを融合」がテーマでしたが、基幹システムとコンテンツは、ある種「水」と「油」なところがあります。それを融合させるのは、経験や実績だけでなく「頼れる」外部パートナーがいないと実現できなかったと思いますね。具体的には、Web側の開発時にAPIで基幹システムとつなぎこむようにしたのですが、サイト制作からWebシステム開発まで一括で対応してもらえたのは、うまくいった要因だと思います。
高松: 基幹システムは止められませんからね。しかし、データドリブンな体制を構築するには、Webシステムと基幹システムの融合は必須です。また、投資対効果の観点からも第4回でご紹介したハブスポークモデル※のような体制を作らないと高いROIは望めないと思います。
社内をリードするには経営者への提案書を“バイブル”として活用する
高松: 外部パートナーの選定は、コンペですか?
植田: そうですね。弊社の場合、基幹システムは従来のベンダーにお願いをしました。Webまわりは、以前は開発力もある大手制作会社に依頼していましたが、浅利から先述のとおり「Webをもっと面白くしよう」と言う指示があり、そのアンサーとして数社の制作会社に依頼して、コンペをしました。
当初、コンペで選定した外部パートナーにはWebの制作とプロモーションだけを依頼していたのですが、徐々に仕事を進めていくうえでWebシステムの開発もお願いするようになりました。走りながら一緒に考え、解決策を打ち出していったのが、今回のプロジェクトが比較的短期間でスムースに進んだポイントだと思います。
また、その外部パートナー企業のテクニカルディレクターの存在は助かりましたね。(技術一辺倒の)システムエンジニアと違って、システムのことを熟知しながらもこちら側の意図を汲み取って、弊社のお客様や弊社のスタッフが使いやすいシステムを形にしてくれました。ディスカッションしているときに出た、ちょっとした要望も、ちゃんと形に落としてくれる。もちろん専門用語で説明されることはないので、こちらも非常に理解しやすかったですね。
高松: 私もこの連載で書きましたが、今後、テクニカルディレクターのニーズはますます高くなると思います。Webと基幹システムの融合は確実に進みますから。もっと言えば、クライアントと外部パートナーの二者でプロジェクトを進めるのではなく、そこに第三者の視点を持ったテクニカルディレクターがクライアント側に加わり、クライアントのお客さんまで見据えて最適なシステムを作り上げていくというのが、最も投資対効果が高いと思います。
高松: 「走りながら考える」という言葉が出ましたが、見方を変えれば計画性がないと取られかねないと思いますが、社内からプレッシャーなどはありませんでしたか?
植田: 「大丈夫なのか」という人は多かったですね。すべてをキッチリ決めてから進めるということは時間やコストが増えたりしますが、なかには“この部分はキッチリ固めて進めないと社内的にマズイ”と言うケースもあります。この点は結構苦労したところかもしれませんね。
高松: 社内調整で苦労した点はありますか?
植田: 弊社の場合、経理処理に関わるところとチケットに関わるところは各担当部署を交えて行いましたが、それ以外については経営者にプロジェクトの骨子を説明した提案書を“バイブル”として、それをもとにWebチーム主導で進めました。
社内でも各部署のキーマンを見つけて、その人と信頼関係を結び任せてもらうことが、ブレずにプロジェクトを進めるポイントだと思います。
高松: もし今回のプロジェクトをすべてキッチリ固めてから進めていたら、どうなったと思いますか?
植田: 恐らく、経営者が求める期日と予算では収まらなかったと思います。本プロジェクトは当初1年間で作り上げる予定だったのですが、結果的に9か月で完成できました。
もしすべてキッチリ固めていたとしたら、仮に期日は守れたとしても、その実現範囲は大幅に限定されてしまったと思います。
高松: 今回の目的を具現化する機能が作られるプロセスで、あれもこれもと盛り込みたくなるということはなかったですか?
植田: 詳細の機能を作り込む部分では多少の遊びを残しましたが、“バイブル”(経営者プレゼン資料)があったので、ブレることはありませんでした。
成長期のプロジェクトを経て、Web担当部署の重要度はどう変わったか
高松: 今回のプロジェクトはどれくらいの規模だったのでしょうか?
植田: 2000年にチケット予約システムを中心とした基幹システムを導入したときと同様に、かなりまとまった投資となりました。
今回は、基幹システムの老朽化もあって、“建て替え”しなければいけいないタイミングで、「チケッティングシステムとコンテンツの融合、入場システムのサポート」を盛り込みました。どうしても基幹システムの“建て替え”には予算をかけざるをえないのです。決して予算に余裕があるわけではなかったので、外部パートナーには、予算の中でうまくバランスを取ってもらうようお願いしました。
高松: 外部パートナーへ予算の“やりくり”をしてもらうコツはなんですか?
植田: 外部ベンダーの中に協力者を見つけることですね。外部パートナー会社の中から、営業だとこの人、SEだとこの人、という風に信頼できる人を見つけることです。
そして、「この人だ」という方がいれば「密談」も頻繁にしていました。決して悪いことを企む相談ではないです(笑)。1対1で、細かい具体的な話をすると言うより、次回の全体ミーティングの方針を確認し合うとか、Webのトレンドの話とかです。そういうことを積み重ねることで、信頼関係が出来あがってきたと思います。
ちなみに、社内会議室ではなく、外のカフェなどで行うのもポイントかもしれませんね。個人的にカフェ好きというのもありますが(笑)。
「こういうことがやりたいけど予算はこれだけしかないです、実現する方法を教えてください」と真摯に伝えると、外部パートナーさんも親身になってくれると思います。
高松: “やりくり”してもらうだけじゃなく、“親身になってもらう”ですか?
植田: 言い換えれば「頼る」ということだと思います。やはり「餅は餅屋」です。私は演劇の世界にいる、“ちょっとITに詳しい人間”です。でも、IT専門家ではないので、そこは素直に「頼る」ことが大事だと思います。決して丸投げとかと言うことではなく、信頼したパートナーの裁量に委ねる“思い切り”とでも言いましょうか、そういう想いはパートナーにも伝わると思います。
高松: 確かに、ガチガチに決まった中で頼られると、外部ベンダーとしても工夫に限界があるかもしれませんが、ある程度やり方の幅がある中で頼られると、信頼関係があれば、頑張りたくなりますね。“勇気ある寛容”とでも言いましょうか、そうしたことがクライアント側には必要だと思います。
植田: 私の場合、外部パートナーの社内会議に出席を依頼されたことがあります。弊社の要望に対する“作戦会議”に、クライアント側の人間が入ることはそうないと思います。こちらが信頼するだけでなく、外部パートナーからも信頼されることが、最高のパフォーマンスを上げるチームを作るうえで非常に重要だと思います。
Web担当者は、とにかく信頼できる専門家チームを作ることが最も大事なので、社内にいるのではなく、自らどんどん外に出て、外部パートナーと打ち合わせするほうが良いと思います。そのほうが新たなアイディアや施策が浮かんできますから。
高松: とは言え、ある程度幅があるなかで任せてしまうと違うものが出てくる可能性もあると思いますが、チェックはこまめにしなくて良いのですか?
植田: そこは、サービスとしてのゴールが決まっているので、あまり気にしていません。サービスを実現するために、本来ならやるはずの業務を省いたり、クライアントも外部パートナーもある程度のリスクテイクを許容しないと、“やりくり”もできないですし、信頼関係も築けないと思います。
高松: 今回のプロジェクトの実現で、Web担当部署の社内の評価に変化はありましたか?
植田: まさに今変わりつつあるところです。
従来から「四季の会」というファンクラブがあり18万人の会員が存在していましたが、劇団四季idセンターというWebの会員制度が今回のプロジェクトから生まれ、約1年余りで数万人規模に成長しました。このWeb会員は、「四季の会」と重複する方もいますが、基本的にWeb経由で登録されたお客様であり、会員の増加とともに私たちWeb担当部署の重要性は増していると思います。
また、会員にとっても使いやすいサイトになってきているので、弊社のWebサービスに対する利用度も高まっていくと思います。
高松: 最後に、今後のWeb担当者としてのキャリアをどうお考えですか?
植田: もともと劇団四季に入社したのは、演劇そのものというより、劇団四季の経営手法に興味があったからです。ロングラン公演を効率的に実現させるために自前で劇場を作ってしまう、というダイナミックさや劇団四季の企業風土が好きなんです。なので、今たまたまWebを担当していると言う感覚で、Web担当に今後も強くこだわるというのはありません。ITの専門家を目指しているわけではないですからね。
取材を終えて
担当者としての仕事や今後のキャリアについて、ざっくばらんに“自然体”で話される植田氏。一方で植田氏は“ビジネスマン”として、Webのみならず、広く経営の視点から仕事を進められていて、SIerなどの“外部の力”をうまく引き出しながら、大きなプロジェクトを進めていったことが大変印象に残るインタビューでした。
植田義人氏プロフィール
四季株式会社 広宣部インターネット担当 シニア・チーフ 2000年劇団四季に入社。入社後、チケットセールスや営業企画などを経て、2008年よりWeb担当者に就任。Webチームは、システム担当も含め6名。自他ともに認めるAppleマニア。
- 記事種別:解説/ノウハウ
- 内容カテゴリ:サイト企画/制作/デザイン
- 内容カテゴリ:Web担当者/仕事
- タグ:Web担当者、ノウハウ、自己啓発
- コーナー:Web担当者たるもの、かくあるべし 「Web担道」秘伝の書
※このコンテンツはWebサイト「Web担当者Forum - 企業ホームページとネットマーケティングの実践情報サイト - SEO/SEM アクセス解析 CMS ユーザビリティなど」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:Web成長期に挑んだ担当者インタビュー: 劇団四季「ウェブプラン2010」とプロジェクトの“バイブル” [Web担当者たるもの、かくあるべし 「Web担道」秘伝の書] | Web担当者Forum
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