これまでにもWebサイトのパーソナライゼーションに関する取り組みがありましたが、それらにおける失敗には、いくつもの要因があると思います。
そのなかでも特に大きなものが、「ルールの設定方法が複雑すぎたこと」だと考えています。どんな人にどんなパーソナライズをするかのルールを設定方法が複雑すぎるため、ルールを設定するのはシステム担当者やツール担当者の仕事とならざるを得ず、結果として、デジタルマーケター本人がルール内容を把握できなかったのです。
そこで私たちはそのような現状を見直し、デジタルマーケター自身が、さまざまなユーザーにそれぞれ最適なコンテンツを簡単に配信できるように、必要な機能を提供することに力を入れてきました。そうすることで、技術スキルが高くないマーケターでも、煩雑な設定を行うことなくすぐにパーソナライゼーションを使えるようにするためです。
そう話すのは、米アドビ社の「Web Experience Management(WEM)」ソリューションを推進している戦略/ソリューションマーケティング担当バイスプレジデントのケビン・コクラン氏。
同社のWEMソリューションの中核となる製品「Adobe CQ」は、サイトのコンテンツを管理する「CMS」であるだけでなく、さらにユーザー体験までを管理するものとして提供される製品だ。Adobe CQの開発の背景や意図、そして新バージョンでの強化点、今後のロードマップなどについてコクラン氏に伺った。
前回、前々回に続き、デジタルマーケティングに関する大規模イベント「アドビ デジタル マーケティング サミット」のレポート第3弾をお届けする(サミット関連の他の記事は「Adobe Digital Marketing Summit 2012」タグでチェック)。
レポートの第1弾で、ジェネラルセッションでのレンチャー氏のプレゼンテーションを取り上げ、「パーソナルな体験」がデジタルマーケティング時代における重要なキーワードである点に触れた。
消費者側の意識がますますレリバンシー(関連性)のあるパーソナルな体験を企業に求めているなか、この課題に対するアドビのソリューションが「Web Experience Management(WEM)」であり、その中核を担うのが今回紹介するAdobe CQなのである。
Digital Marketing Suiteとの連携
Adobe CQの元となっているのは、アドビが買収したDay Software社のWebコンテンツ管理システム(WCMS)。しかし、今回発表された新バージョン「Adobe CQ5.5」では、単なるCMSではなく、Adobe SiteCatalystやAdobe Test&TargetなどのDigital Marketing Suite製品との機能連携を強化しており、統合スイート製品群の中核となっている。
たとえば、Test&Targetの機能を利用して同一のセグメントへ異なるコンテンツを配信することでより最適なコンテンツを特定するテストを実施したり、SiteCatalystの機能を用いて測定対象のデータを設定したりといった一連の作業を、Adobe CQの管理画面上で(Test&TargetやSiteCatalystの管理画面を使うことなく)行うことができるのだ。
コクラン氏がインタビュー内で「Adobe CQと他のDigital Marketing Suite製品を組み合わせて利用する点については、“統合”というよりも“設定”という表現の方が正しい
」と話していたように、別個の製品であることをまったく意識することなく、一連の設定を行えるようになっている。
Adobe SiteCatalystでのデータ測定やAdobe Test&Targetによるテストをそれぞれ単体で行っている場合、何かを変えようとすると、サイトに組み込んでいるJavaScriptファイルを修正して再度サーバーにアップロードする作業が必要になる。そうした作業を企業のマーケティング担当者が行うことはほとんどなく、作業は外部パートナーに依頼することが一般的だ。
しかし、Adobe CQ5.5とDigital Marketing Suiteとが連携することにより、デジタルマーケター自身が気づきを得たらすぐに、エンジニアやシステム担当者の手を借りることなく自分で設定を変更してサイトに反映させることが可能になっている。
設定作業の負荷軽減や時間短縮も魅力的だが、やはりマーケターが自らどんどん設定を変更できるようになることは大きな魅力だろう。
もちろんスマホ向けサイトにも対応。
さらにアプリやメールも管理。
ただし、大切なのは「ユーザーを魅了する」力
パーソナルな体験の提供を支えるClient Context機能
Adobe CQ5.5で強化された機能の中で最も注目したのが、コンテンツの配信対象を切り替えるための「Client Context(クライアント・コンテキスト)」という機能である。
これは以前のバージョンで「Clickstream Cloud」と呼ばれていた機能をさらに拡張したもので、サイト訪問者の年代や性別、アクセスしてきた時間帯、過去に閲覧し興味を示したコンテンツ、流入時の検索キーワードや参照元サイト、ブラウザの種類、さらには地域情報など、SiteCatalystで取得したデータを元に、自由にペルソナ(ターゲット訪問者像)を作成できるものだ。
そして、作成したペルソナに対して、表示対象の画像コンテンツを画面上にドラッグ&ドロップしたりテキストを入力したりしながら、表示する最適なページコンテンツを決めていくのだ。この一連の作業でターゲティング設定が完了し、条件に合致したユーザーがアクセスした際には先ほど設定したコンテンツが表示されるようになっているというわけである。
また、Test&Targetを使ったターゲティングも同じように行える。現在進められているAdobe Insightとの連携によって、SiteCatalystで取得したオンライン上でのデータだけでなくオフラインのデータも対象とできるようになるため、サイトを訪問してきた顧客ごとに、よりレリバンシー(関連性)の高いコンテンツを提供できるようになっていくことだろう。
もちろん、Adobe CQを使ったパーソナライゼーションは、PC向けサイトだけでなくマルチデバイス対応しているため、スマートフォンやタブレットなどサイト訪問者の利用しているデバイスに応じて表示を変えられる。Adobe CQの管理画面からContext Cloud上で対象のデバイスを選択すれば、実際の表示イメージを見ながら簡単にコンテンツを設定できるのだ。
また、Adobe CQはWebページだけでなくメール配信に関してもプレビュー機能を備えており、さまざまなメールフォーマットにも対応している。Digital Marketing Suiteにはメール配信機能が実装されていないため、実際にはResponsysなどのメール配信サービスと組み合わせる必要があるが、このようなサードパーティツールとの連携が行える点も同社の大きな強みといえる。
スマホ向けアプリ作成やコマース対応の強化も
さらに今回のバージョンアップでHTML5ベースのiOS/Androidアプリ作成が可能になった点も大きな特徴である。これは、昨年買収した旧Nitobi社のPhoneGap技術を取り込んだものだ。
PhoneGapはクロスプラットフォーム・モバイルアプリケーションの開発フレームワークであり、HTML5+CSS+JavaScriptのみで各プラットフォームに対応するアプリケーションを実装できる。PhoneGapの持つライブラリを利用することで、OSごとに異なる言語で開発を行う必要もなく、また、カメラ、GPSなどの機能もドラッグ&ドロップで簡単に追加できるようになっている。
この他にも、「Creative Suite」「InDesign Server」「Adobe Scene7」との連携によるデジタルアセット管理(DAM)も強化されており、今後はCreative Cloudとの連携も予定されている(2012年の下半期に提供開始)。また、キャンペーンサイトやマイクロサイト向けの「Adobe CQ Cloud Manager」(ベータ版)やマルチチャネルコマースのソリューションである「hybris」との連携によりコマース機能とWEM機能が統合されたプラットフォーム(ベータ版)も発表された。これらのサービスは今年5月にロンドンで開催されるAdobe Digital Marketing Summit EMEAで正式版が発表され、5月末にリリースされる予定である。
パーソナライズは手段。いかにユーザーを魅了できるかが鍵
ジェネラルセッションで紹介されたデモでは、アクセスしてきたユーザーの住む地域(気温の寒暖)に応じて推奨する商品カテゴリを切り替えるという比較的わかりやすい内容だった。日本でいえば、同じアパレル系のECサイトでも、春先の季節、北海道からのアクセスにはアウターを見せ、沖縄からのアクセスならばシャツを見せるように自動的に切り替わるといった感じだと考えるとわかりやすいだろう。
そうした例はわかりやすいものの、実際には、サイトの種別・ビジネス形態によってレリバンシーの高いタッチポイントとしてのサイトやアプリを実現する難易度は大きく異なってくるはずだ。
たとえば不動産の物件情報サイトで考えてみよう。
賃貸物件を探していたユーザーがその時点では問い合わせなどを行わず後日来訪してきた場合に、あらためて地域や路線などの選択から始めさせる仕様のサイトが多いだろう。しかしそれでは、実店舗になぞらえていえば、同じ店舗なのに行くたびに違う担当者がでてきて、毎回一から希望条件を伝えていくようなものだ。1LDKを探していたユーザーが次には3LDKで調べるといったように短期間で希望条件が変更することは少ないと思われるので、物件の検索条件をユーザー自身が登録していなくても、前回と同様の条件に合致する物件を表示したり、前回訪問時から新しく登録されている物件があれば新着情報として優先的に表示したりするといったように、「情報探索の手間の削減」と「条件に近しい情報の推奨」という要素があってはじめて、レリバンシーがありユーザーにとって魅力のあるサービスになるといえるだろう。
Adobe CQを使えば、そうしたことを実現する作業部分は簡易化されるのは間違いない。しかし、システムを使えば、それだけでパーソナルな体験を提供できる環境が整うわけではない。システムによって得られるものは、あくまでもスタート地点に立つという程度でしかない。
パーソナライズに関して、コクラン氏は次のように言っている。
パーソナライゼーションを手にしたマーケターは、消費者の求めている体験を、必要な時に、必要なタイミングで届けられるようになります。相手に合った体験を提供することによって、より顧客を魅了できるようになるのです。
パーソナライゼーションは目的ではなく、あくまでも手段にすぎない。どうすれば顧客をより魅了できるのか、知恵を絞るのがマーケターの仕事となるのだ。
- どのようなデータを成功指標とすべきか
- 必要なデータをどのように測定すればいいのか
- どのようなペルソナを用意するのが望ましいのか
- どのようなシナリオが顧客にピッタリくるのか
そして、どのようなコンテンツを提供することが、そのペルソナ、すなわち、ネットの向こう側にいる生きた人間である顧客にとって有益であり、レリバンシーのあるものになるのか。
これらを考える力、そのために顧客を理解する力、そしてパーソナルな体験を提供できる力が、今後の企業のデジタルマーケティング力を測る1つの指標となってくるのだろう。
- 内容カテゴリ:CMS
- 内容カテゴリ:ユーザビリティ/ペルソナ/IA
- コーナー:イベント・セミナー
- 内容カテゴリ:マーケティング/広告
※このコンテンツはWebサイト「Web担当者Forum - 企業ホームページとネットマーケティングの実践情報サイト - SEO/SEM アクセス解析 CMS ユーザビリティなど」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:Webエクスペリエンス管理(WEM)でマーケターに求められるのは顧客を魅了するペルソナ・シナリオの力/サミットレポート [イベント・セミナー] | Web担当者Forum
Copyright (C) IMPRESS BUSINESS MEDIA CORPORATION, an Impress Group company. All rights reserved.